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スーパーウルトラハイフィクション.
なんどもなんども書いてきたけれども、
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優しい言葉が簡単に消えてしまうような毎日を過ごしているからかよく涙を流すことが多くなった。そんな気持ちを誰にも打ち明けずに胸にしまって生きてはいるけれどそれって私が弱いからだと気付いた。なんだかんだいって本当は誰かにこの思いを伝えたいはずだし、そっと受け止めてくれる人がいるはずなのに、そんなことが簡単に出来たら私はこんなに苦労してないんだなとつくづく思う。誰も私のことを求めてはいないし、悲しくてもやりきれなくても死んでしまってもあなたは同じように泣いて嘆いて悲しんでくれるんだろうか。そんな確率を望むことを恐れるからか私はすごく臆病になったような気がする。些細な出来事で壊れてしまう程にもろいし、世界はいつでも歪んで見える。それを救ってくれるのはこのハッピーの抜け殻も輝かしい残像もないこのアルバムなんだ。本人や歌詞が物語っているようにこのアルバムは〝一人の志村正彦という人物〟に焦点があてられている。もっと言っちゃえば、恋愛に対しても音楽に対しても何をしても不器用な男のスーパーノンフィクションストーリーである。にやっとしてしまう歌詞も、聴いててハッとするような部分も、なにもない。ただただ君、君、君、僕はひとりどうせひとりのサイクル。どうしてそんなに俯いてるんだと腹が立つくらいぐだぐだなのにそれがなぜか心にしんみりと伝わってくる。志村ってこんな人間だったんだって初めて気付いた。
私は、このアルバムでフジファブリックを聴き始めた。どこか特異で不思議な音楽をするバンドだなあ位の認識であまり興味はなかったのに、何故かこのアルバムリリースを知ったときにひかれてしまった。それは、雑誌のインタビューではあったんだけどもあまりにも赤裸々に自分自身のことを話していて正直ぎょっとした。彼女と別れて失恋してしまったこともバンドの解散の危機に陥った時のことも、音楽家として生きていくつもりはあるのに自信がないなんて話していたことも。自分のことをあっけらかんに打ち明けられてしまう程志村は強い人のような気はしなかったけど、アルバムを聴いていたらそんなこと全て忘れてしまったっていう印象である。要するに、志村は自分の屈折した思いを素直に歌にすることでバンドにも過去にも一つ蹴りをつけようとしていたんだと思う。それをバンドの変化と捉えるか、志村の姿と捉えるかは人それぞれになるのかもしれないけれども、とにかくえらく爆発的な衝動もがんじがらめになっていた劣等感みたいなものも全て解き放たれて、一曲一曲がすごく柔らかくて優しい。だからかこのアルバムに収録されている曲はえらく無垢で純粋な印象を受ける。言ってしまえば、とても美しい。無数の寂しさと思いが張り裂けそうな程に歌詞にまとわりついていてかなり圧倒されて、こんなに生きた楽曲を歌うのって凄まじいことだ。全身全霊で歌う愛を孤独を希望を彼は君にでもリスナーにもなく自分自身に問いかけたかった。生きている意味とか、そんなどうでもいいことは歌われていない。ただ自分が何の為に歌うのか。何を鳴らすのか。それを、伝える為に彼はこういうアルバムを作ったのだと思う。それに救われる私って、志村に比べたらすごい単純な生活を送っているようにも思った。だからか、志村が亡くなってからこのアルバムを何度も何度も聴いても私は志村の喪失による悲しさというものが全く湧かない。ベタな言葉で言ってしまえば志村はこのアルバムの中でもがいて、必死に泳ぎきろうとしていた。志村は曲の中に今も生きているんだ。そう思えば、志村がいないことだって、まだフジファブリックはいるのだからと、たいしたことじゃないとか思えたりもする。
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【2010/10/19 18:26】 | 音楽 | コメント(0) |
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